遅ればせながら「007 ノー・タイム・トゥ・ダイ」を観てきた。平日の昼のTOHOシネマズ日本橋。周りを見ると年配のお客さんが半数以上で、007の歴史を感じさせた。自分はといえば007を映画館で観るのが初めてで、「カジノ・ロワイヤル」以降を配信で後追いしたライト層。それでも(それがゆえ?)存分に堪能してしまった。

それにしても、年配の方々の鑑賞マナーが悪くて閉口した。エンドロールに入った途端あちこちで話し始めたり、長いと文句を言ったり・・・(それは事前にわかっていたでしょうに)、余韻を味わえずに残念に思った。大事なメッセージが最後にあったというのに。うーん、もう一回改めて観にいこうかな。

ただ、そもそも007というのが歴史的に、そういったマナーの守れないような人を引きつけてきたシリーズだったと思えば納得もいく。007といえば、もっと荒唐無稽でおちゃらけたイメージ。美女と酒と高級車などの男性の願望を満たす記号をちりばめ、ストーリーは二の次といった、あくまで気軽に楽しめる娯楽映画だったのだと思う。そういえば、昔は「ゼロゼロセブン」って呼ばれていた気がして、つい自分も口に出すとそうなっちゃうな。

それはさておき、007はダニエル・クレイグのボンドすべて、特に「スカイフォール」は襟を正して観るような作品だった。自分も大いにイメージを覆された。クライマックスは夢に出るくらい、衝撃的に美しかった。後に「1917 命をかけた伝令」を観て、ロジャー・ディーキンスがまた「スカイフォール」やってる!なんて思った。「ブレードランナー2049」もか。とにかくシルエットが美しすぎた。

さて、そんなわけで「ノー・タイム・トゥ・ダイ」。全編が見所で長さを感じさせず、ダニエル・クレイグのボンド最後の作品として完璧だと感じた。HBOの「トゥルー・ディテクティブ」が、個人的ドラマランキングの上位に入るくらい好きなこともあって、キャリー・フクナガへの喝采という意味合いも強い。霧がかった森でのチェイシングや、能面や畳などの日本要素、クライマックス階段の長回しカット(「トゥルー・ディテクティブ」中盤の白眉であった)などなど、もうありがとうございましたという感じ。

映画ではその時々で「間違いない人リスト」というのがあって、最近であれば、テイラー・シェリダン、ジョーダン・ピール、バリー・ジェンキンス。このリストにキャリー・フクナガが加わった。

いやしかし、繰り返しになるけど、エンドロールで即周りが話し始める映画館なんて初めて経験した。年配の方のマナーの悪さについては、何故か自分は遭遇することが多い。駅のホームで唾を吐く爺さんや、カフェで散々椅子を動かし放題、立ち去る時に戻しもしない婆さん達などなど。ノー・タイム・トゥ・ダイなのはいいけど、マナー良くリブしてくだされ。